さりげない日々

ネコ大好き昭和世代のおばーさん

夫、無事退院しました<(_ _)>

一か月以上になった入院から、やっと退院した。

手術後、退院が決まってからホームシック(?)、すっかりだらけていた。


 私も一人生活に慣れ、マイペースで暮らしていたので、やや気が重い失敗

兎に角、家族三人で久し振りに食事をした。

温かい食事に夫は喜んでいた。かと言って、会話が弾んだりはしない元通りの生活ウィンク

 これで背中に湿布を貼って貰える、ホント、不自由だった一か月大笑い

夫、明日ついに退院(-.-)

夫が明日退院する。

午前10時には病室を出なければいけないらしい。

入院費の支払い、書類提出等の手続きがあるので、11時までには病院へ行くことになった。

お蔭で、私は早くに家を出なければならない!

そこで、今晩中に明日やることを出来る範囲でやっておくOK

洗濯など帰宅してからやれば、と言われるが疲れて帰ってからはやりたくないNG

 先程、夫に電話をしたら荷造りは全部出来たとムカッ

 いいわよね、ゴミ出しも無いし、病室で待っていればいいのだもんねパンチ

いとこ会

には従兄弟、従姉妹が大勢いた。

母は一人娘だったので、母方ではなく父方のである。

父は6人姉弟であった。私を入れて13人、しかし、現在は知っている限りでは10人かな。

従姉妹・従兄弟全員と付き合いがあった訳ではなく、ほぼ1,2回しか会った事が無い従妹も
何人かいる。

父が生前、関東圏に住む甥・姪を集め「いとこ会」を開いてくれた。2回目をする前に父が
亡くなったので、そのまま会は開かれていない。

その時出席した従姉、従弟の二人が昨年亡くなった。

 「いとこ会」も世代が代り次世代の次の世代が生まれている。彼等はもっと縁が薄く
 もう全員で付き合うことは無いし、父の実家の名前を継ぐ者はいなくなった。

少しづつ日常生活が戻ってきた

先月は夫の入院生活が、私の生活の中心であった。

しかし、手術が終わり出口が見えてくるようになったら、私の気分も変わって来た。

坐骨神経痛も楽になって来たせいもあるが、外出が楽しくなってきた。

昨日は歯科→ネイルと予約が入っていたので、出かけたが、昨日は一人ランチを楽しんで来た。

カウンターだけの店だが、美味しいカレーを食べて来た。

今日はリハビリに行き、大塚まで足を延ばし、一人ランチはイタリアンのお店でピザを食べた。

ゆっくり食後のコーヒーを飲んで、同じビルにある成城石井で買い物をして帰った。

 ただ帰りの都電が、巣鴨の縁日で満員で乗り降りに時間がかかり過ぎ、時刻表から大幅に遅れて
 いるらしく、運転手さんがイラついていた電車怒ってる

夫、退院が決まった(^o^)

本日、MRIの結果から退院の日取りが決まった。

早速連絡して来た夫、今朝方の病人じみた声から一転、ウキウキした声と話方びっくり

術後の経過も良好で、詳しく説明されたそうだ。

次に行うバイパス手術の日程も決まった。

 今晩は私も安心して眠れる眠い..

さて、娘と豆まきをするとしますか👹

なんで熱を出す(-_-;)

夕方、夫が電話で熱が出た、氷枕だ、と言って来た。

午後に面会に行った時、やたら咳をしており、鼻もかんでいた。

その時、普通に検診に来た看護師さんが、傷口からの熱なら容体が違うと言われていた。

傷の治りは順調だと主治医の先生は言われている。

電話口の声は完全な鼻声だった。

明日には熱が下がっていることを願っています。

今月はどんな月になるかな?

一月は慌ただしい一か月だった。

夫の検査入院から手術、その間、私は坐骨神経痛でヨタヨタ歩きであった。

夫の場合、丁寧な検査の結果、脳梗塞の危険回避?として、頸動脈のプラーク除去をする
手術を受けることが出来た。

もし、救急車搬送された時、MRIの検査結果だけで診断されていたら、脳梗塞ではないと
帰宅していた。

しかし、診察を担当した医師が脳神経内科の原因に疑いを持ち、検査入院を決定、今回の
処置を受けることが出来たのは、とても幸運なことだと思う。

今のところの予定では、脳のバイパス手術も受ける。

 私の坐骨神経痛もヤマ場を越し、夫が退院したら、また今まで通りの生活が出来そうだスマイル